「コーポレートガバナンス・コードに問題あり。300万社を縛る会社法は限界です」 上村達男・早稲田大学法学部教授インタビュー

コーポレートガバナンス・コードに厳しい意見を持っている上村達男早大教授にインタビューしました。4月2日付け日本経済新聞の「経済教室」などでご本人自身もお書きになっていましたが、やや真意が誤解されて伝わっているように思ってお話をお聞きしました。結論は、上村先生の長年の持論である公開会社法を早急に整備すべきだ、ということです。オリジナル→http://gendai.ismedia.jp/articles/-/42825

上場企業のあるべき姿として、独立社外取締役を2人以上置くことなどを求めた「コーポレートガバナンス・コード(企業統治指針)」。日本企業の経営体制を大きく変えると期待する声が強いが、会社法の専門家から見ると問題が少なくないという。ソフト・ロー(法的拘束力のない規範)による安易なルール設定ではなく、基本法である会社法のあり方自体を見直すべきだ、と主張する上村達男早稲田大学教授に聞いた。

そもそも300万社を1つの会社法で規定するのが無理

 問 導入が決まったコーポレートガバナンス・コードについて厳しいご意見をお持ちのようですが。

上村 ガバナンス・コードのような「ソフトロー」はきっちりした法律があってこそ意味があります。

英国では判例法の例外あるいは確認として、成文化された制定法が存在するが、その場合の法はすべての事項を列記するようなガチガチの形式になっているのです。ドイツでもハードな会社法がある上に、株式公開会社に適用されるものとしてガバナンス・コードが置かれている。

ところが、日本の場合、土台である会社法がぐちゃぐちゃに溶けてしまっているうえに、さらにソフトローを載せています。私はこれを、「二段重ねのソフトクリームだ」と言って批判しています。

 問 会社法自体の法体系が崩れてしまっている、と?

上村 2005年に成立した会社法によって、それまでの有限会社も株式会社になりました。その結果、今では株式会社は300万社近くも存在するようになりました。ドイツでは大半が有限会社で、株式会社は株式公開企業を中心に1万社ほどです。

町中の家族経営の商店から株式を上場するグローバル企業まで1つの会社法で規定しているのですが、そもそもそこに無理があります。きちんと会社のあり方に応じた区分立法をやりなおして、会社法の体系を立て直すべきです。3年から5年かけて、真剣に議論をすべきです。

会社は株主のものか?
 問 上村先生は長年、株式を公開する、あるいは公開を目指す企業を対象とする「公開会社法」を制定すべきだと主張されてきました。

上村 公開会社のところから区分していくのが、無理がないのではないでしょうか。証券市場向きの会社法です。さらに同族的な株式公開をまったく前提としない会社を規定する法律、その中間の一般的な会社法があっても良いかもしれません。

さらに、ベンチャー企業を規定する法律も必要でしょう。なぜなら、ベンチャー企業家にはおカネはありませんが、企業を支配する必要があります。その起業家がいなくなったら会社は成り立たないからです。一方で、ベンチャーキャピタルはおカネはあるけれど経営に口は出したくない。現在の会社法が前提としているような資金の出し手が会社を支配するという仕組みが、ベンチャー企業にはそぐわないのです。

株式会社制度やそれを規定する会社法(商法)は欧米から入ってきたものですが、日本は150年をかけて様々な問題を克服してきました。様々な国の法律を比較する「比較法」分野が非常に発展した。決して、日本の法律分野が遅れているわけではありません。

例えば、金融証券取引法の第1条にはこう書かれています。

「資本市場の機能の十全な発揮による金融商品等の公正な価格形成等を図り、もつて国民経済の健全な発展及び投資者の保護に資することを目的とする」

公正な価格形成をもって経済の健全な発展をさせるという文言が法律に盛り込まれたのは世界で初めてです。その後、英国が2012年に金融サービス市場法を改正した際に、やはり価格形成という言葉が入りました。日本が作るモデルというのは決して遅れているわけではないのです。

 問 会社法学者の間で、公開会社法の必要性を訴える声が大きくならないのはなぜでしょうか。

上村 基礎理論が変わってしまうからでしょう。例えば、会社は株主のものだ、と言いますね。従来の理論では、実際に出資して株式を取得した後の株主だけを前提にしたガバナンスを規定するわけです。ところが、公開企業を相手にすると、これから株式を買おうとする投資家や潜在的に投資する可能性のある人たちに正しい情報を伝えるディスクロージャー(情報開示)が必要になります。

つまり、既存の株主だけを考えた法律では不十分なのです。そうなると、株主と言った場合に市民全体を射程に置くことになります。株主というのは、市民であり、労働者であり、消費者でもある、ということになります。

金融庁理論武装せよ
 問 民主党は公開会社法プロジェクトチームを作り、政権を取ると2012年2月に当時の千葉景子法務相会社法改正を法制審議会に諮問しました。民主党は公開会社法を導入したかったのでは。

上村 プロジェクトチームではかなり真面目に議論をしていましたが、途中から議論がおかしくなりました。市民のごく一部である労働者の経営参加というところだけにこだわっていたように見えます。私がそのお先棒を担いでいるように言われて大変迷惑をしました。

 問 今こそ、公開会社法が必要なのではないでしょうか。

上村 2005年の法律で300万社を対象にしたため、会社法はマーケットからものすごく遠ざかってしまったのです。このため、仕方なく東京証券取引所が上場規則などでルールメイクをするようになった。今回のコーポレートガバナンス・コードの制定もその延長線上にあるわけです。

新たな区分立法をすべきだという点に関しては、ほとんど反対する人はいません。逆に、実害がどんどん大きくなっています。上場企業は現在、会社法と金商法の2つが定める情報開示を行っていますが、金商法の情報開示で会社法の開示などを代替する条文が膨大になっています。ところが、会社法は単体を前提にしているのに、金商法の有価証券報告書は連結です。法律違反に対しても、緩い会社法の罰則ではなく、より厳しい金商法の罰則が適用されている。すでに、会社法と金商法の関係の説明がつかなくなっているのです。

 問 会社法を所管する法務省と金商法を所管する金融庁の縄張り争いのような感じもします。

上村金融商品にはガバナンスがつき物です。ですから金融庁は堂々とガバナンスに関与するのは行政目的を達成するうえで不可欠だと言えばよいのです。十分に資格もある。ところがそれをきちんと言わないで、何となくガバナンスに踏み込もうとするから、法務省と争いになる。

法務省からすれば、六法のひとつである会社法の根幹となる株式会社のガバナンスを金融庁に触らせるわけにはいかない、となってしまうのです。金融庁はもっと理論武装して、法務省と共管で公開会社法を作ればよいのです。

時代にあった会社法
 問 公開会社法の議論を進める過程で、株主とは何かという位置づけが重要になりそうですが。

上村 千分の一秒の電子取引で、たまたま期末のタイミングだけ株式を持っていた投資ファンドが、会社の所有者であるはずはないでしょう。グローバル市場の中で経済的利益を追いかけるのは構いませんが、議決権というのはデモクラシーの問題です。誰が本当の所有者だか分からないようなファンドが議決権を握るのは問題だと思います。

私はもっと株主の属性を考えることが重要だと思います。日本の会社法理論では株主平等原則が当たり前だと教えてきましたが、私は、株主不平等原則だと言っています。株主は社会全体だと言いましたが、だとすれば、顔の見える社会の主権者になりうる人たちでなければいけません。だからこそ株主主権と言えるわけです。海外の一部の国では一定期間以上株式を保有していないと議決権が発生しないようにする法改正が行われていますが、当然だと思いますね。

 問 今回作られたガバナンスコードでは、社外取締役2人以上の設置などが求められています。そうした中味に反対されているわけではないのですね。

上村 私はもともと、監査役をそのままボードに横滑りさせれば、社外監査役社外取締役になるので、社外の比率が国際的にみても遜色ない水準になると主張していました。今回、会社法改正で、監査等委員会設置会社が認められましたが、かなりの数の企業がこれに移行すると見られているようです。

 問 会社法体系を大きく見直し、公開会社法を作るとなると、政治のリーダーシップが不可欠でしょうね。

上村 そうですね。前回は民主党政権の諮問で会社法の改正議論が始まり、結局、歪んでしまいました。今度は是非、自民党政権会社法改正を諮問し、時代に合った会社法体系の再構築をすべきですね。

お隣の中国では会社法など基本法が未整備だったこともあり、早稲田大学も支援してきました。最近では、日本の公開会社法論議を先取りして、法体系を整えようとしています。うかうかしていると、日本も公開会社法を中国から学ぶことになりかねません。公開会社法は喫緊の課題だと思います。