定住外国人受け入れ、政府は明確な理念示せ

日経ビジネスオンラインに7月1日にアップされた『働き方の未来』の原稿です。オリジナルページ→http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/021900010/062900017/

 政府は、今後予想される深刻な労働力不足に対して、外国人労働者の本格的な受け入れに踏み出す方針だ。自民党の「労働力確保に関する特命委員会」(委員長・木村義雄参院議員)の提言を受ける形で、参議院議員選挙後にも議論が始まる模様。今後、日本の「働き方」に大きな影響を与える外国人労働者受け入れはどうあるべきか。警察庁長官を退官後、スイス大使を務めた経験から、移民受け入れの制度整備が不可欠だと主張する國松孝次・未来を創る財団会長に聞いた。

受け入れなければ、日本はもたない

政府がいよいよ外国人労働者の本格的な受け入れに舵を切りそうです。

國松:人口減少が続く中で、外国人を受け入れないままでは日本社会がもたないのは明らかです。ようやく政府が議論を始めつつあることは率直に良いことだと思います。

 しかし、どんなに外国人の高度人材を優先して招き入れると言っても、実際はそうなりません。当然、問題の多い外国人がやってきたり、日本の生活の中で落ちこぼれていく人も出てくるわけです。外国人受け入れの「負」の部分は必ず出てきます。その負の部分をできるだけ小さくするにはどうすべきか。今こそ、それを真剣に考える必要があります。

 私が関係する「未来を創る財団」という小さな組織で昨年秋に、「定住外国人受け入れについての提言」というものを出しました。①早急に議論を開始すること②実験的な受け入れ制度の早期実施③定住外国人に対する日本語教育の義務化④自治体やNPOの役割の明確化──を求めました。何しろ、真正面から議論を始めて欲しいというのが本音です。

 それをより具体化させようと考え、現在、全国各地で定住外国人に関する「意見交換会」を開いています。地域の実情などを踏まえたうえで、11月12日に東京で「ラウンドテーブル」を開きます。定住外国人に関わる現在の方々と、政策を考える政府の官僚や政治家をつなぐ役割を果たしたいと思います。

「グローバル人材」と「ダブル・リミテッド」

まずは地域で意見を聞いているわけですね。
國松:先日、愛知県名古屋に続いて、私の出身地である浜松市意見交換会を開きました。愛知では大村秀章知事、浜松では鈴木康友市長にもご参加いただきました。ご承知のように自動車産業などが発達している浜松では、もう何十年も前から外国人労働者を受け入れてきました。非常に参考になる話を聞くことができました。

 浜松で参加していただいた2人の大学教授がまったく違った角度から現状報告をされたのが印象的でした。子どもの時に日本に来た日系ブラジル人が成長し、日本語やポルトガル語、英語を自在に操る優秀なグローバル人材に育ったという事例の紹介がありました。その一方で、日本で生まれながら、日本語もポルトガル語も両方満足に使えない若者がいるという話も出ていました。「ダブル・リミテッド」と言うそうですが、そうしたことが地域の現場では大きな社会問題になっている事を中央官庁の官僚や国会議員はきちんと把握していないのではないでしょうか。

移民第2世代、どう受け入れるか

安倍首相は「いわゆる移民政策は取らない」と言っています。

國松:周囲にいる移民反対派の人たちに気を使っているのでしょうが、労働力だけとして受け入れるというのは現実的ではありません。実際には日本に働きにやってくれば日本で生活するわけですし、家族もやってきます。さらに子どもが生まれる。こうした人たちをどう受け入れていくのか、真正面から議論する必要があるのではないでしょうか。浜松では「移民第2世代」をどう受け入れていくかが大きな課題となり、それを克服するべく取り組んできたわけです。

 グローバル人材が育っていると報告して下さった大学教授は、たくさんの問題が起きている現状は十分に理解しているが、暗闇の中に出口の明かりが見えることが重要だとおっしゃっていた。未来を見ることが大事なのです。定住外国人の問題で、浜松など現場に学ぶべきことはたくさんあります。

スイスに学ぶ、移民受け入れのインフラ
大使をされていたスイスは移民を受け入れてきた長い歴史があります。
國松:外国人の受け入れについてスイス政府には明確な理念があります。異なった文化を持った人たちがやってきてスイスという国が多文化並立、つまりマルチカルチャーになるのは困る。かといって、スイス式にすべて改めよという同化政策でもうまくいかない。目指すべきはインテグレーション(統合)だとしています。スイス社会に溶け込んでいってもらう、ということでしょう。日本で言う多文化共生です。

 それをスムーズに行うために移民庁があり、外国人を受け入れるきちんとしたインフラを整えている。これは日本にはまったくありません。

「移民政策は取らない」と言うことで、現実に起きている問題から目をそらしているようにも思えます。

國松:政府が外国人受け入れに関するきちんとした理念を持つことが大事です。ところが日本ではこれまで、それぞれの役所が自分の担当分野の中だけでバラバラに行動してきた。建設現場や農作業で人手が足らないからと言って「技能実習」という名目で労働力を導入してきた。場当たり的な対応だったわけです。そうした理念がない中で、現場では警察が目先の対応に追われて苦労してきました。問題を起こした外国人は捕まえて国外退去させるといった対症療法に追われたのです。

日本語教育義務化など制度整備が不可欠

まずは政府が外国人受け入れの理念を明確にすべきだ、ということですね。

國松:はい。外国人を受け入れるにしても、誰でもOKというわけではないでしょう。きちんとした基準を設けて、それを満たして入ってくれば、定住者としてきちんと面倒をみる。一定以上の日本語を身に着ければ定住許可が得られるとなれば、真剣に勉強します。ハードルを高くして、きちんとふさわしい人たちに来てもらう仕組みは不可欠です。

 一定の基準を満たさない人は受け入れないというルールを作るためには、どんな人ならば定住者として受け入れるかという明確な理念がなければなりません。何の理念もなく、なし崩し的に居住している外国人が増えていく、という状況は避けるべきです。

外国人労働者を受け入れたいという自治体も増えているようですね。

國松:やはり人手不足が各地で深刻になっていることが大きいと思います。私たちの財団でも秋田県大潟村意見交換会を開く予定ですが、大潟村の農業を守っていくには外国人を受け入れないと無理だ、と考えているようです。

鎖国はできない、覚悟を決める必要も

英国の国民投票EU離脱が多数を占めました。シリアなどからの難民などが欧州に押し寄せ、移民に対する風当たりが強くなっていることが背景にあります。

國松:世界で強まっている移民排除のムードは、日本での定住外国人の議論に間違いなく逆風です。だからと言って、外国人を一切受け入れないで鎖国することなどできるわけがありません。現実に日本にやってきて何十年もたつ定住外国人もたくさんいるわけです。どうやって外国人を受け入れていくか。覚悟を決める必要があります。